タンパクの構造と機能の解明はこれからの創薬の重要なポイントとして興味深い。細胞
内情報伝達に関するタンパクの構造と機能につてはまだ不明な点が多く、それだからこそ
おもしろい分野とも言える。山之内製薬の古賀氏は1993年より英国のルードウィック癌研
究所( Ludwig Institute for Cancer Research ) の M. Waterfield 教授のもとでホ
スファチジルイノシトール 3- キナーゼ ( PI3-K : phosphatidylinositol 3-kinase)
の構造モデリングを中心とした細胞内シグナル伝達に関する研究に従事され、最近帰国さ
れた。そこで、さっそく CBI での講演をお願いしました。
内容はまず PI3-K の構造と機能についてレヴュー後、C-SH2 ドメインのホモロジーモ
デリング について話され、最後にドメイン同士のアセンブリのモデリングについて講演
された。なお参考文献として PI3-K について分かりやすく書かれている特集記事:PI3 -
キナーゼとシグナリング [ 実験医学, 13, 23 (1995) ] がありますので、ご参照下さい
。
PI3-Kinase について
PI3-K は構造としては p110 の触媒サブユニットおよびSH2 と SH3 ドメインを含む P8
5 のアダプター分子からなるヘテロダイマーであり、機能としては 3 位に水酸基をもつ
ホスファチジルイノシトール類をリン酸化する。たとえば、血小板由来増殖因子( PDGF)
受容体のキナーゼドメインの活性化と自己リン酸化は P85 を介した PI3-K との結合を導
き、結果的に 3 位がリン酸化されたホスファチジルイノシトールが細胞内で生成される
。
P110 は p85 結合領域、ras 結合部位、PI-K 保存領域と脂質キナーゼドメインからなる
と考えられているが、その3次構造はまだ解かれていない。一方、P85 は N 末より、 NMR
で構造が知られている SH3 ドメインと、構造があまり明らかでない Bcr ドメインがあ
り、それらは internal prorin-rich 領域 P1 および P2 で結ばれている。そして Inter
- SH2 ドメインを介して NMR および X 線で構造が解かれている N - SH2 と、 構造が
未知で今回のホモロジーモデリングの対象となっている C - SH2 が続く。
SH3 :プロリンリッチなペプチドを認識し、RxLPPRP (class I)
と xPPLPxR (class II) がコンセンサス配列で、結合の方向性が異なる。
P1, P2: アミノ酸配列は P1 ; PPTPKPRPPRPLPVAPGP、
P2 ; WNERQPAPALPPKPPKPT でプロリンリッチであり、どちらかが SH3 を
マスクしているのではないかと考えられている。
Bcr :疎水性が高く安定性がないため、リコンビナントを得るのは難しく最も
分かっていないドメイン。
SH2 :リン酸化チロシン (pY) が含まれるモチーフ pYxxM を認識するアダプター
ドメインである。
このモチーフは PDGFβ 受容体の pY740 部位と
pY751 部位に見つかっている。
inter SH2 :P110 と相互作用する部位は coiled-coil の anti-parallel alpha-
helix 構造と予測されている。
C-SH2 のホモロジーモデリング
www で検索すると約 90 例の SH2 ドメインが知られており、human SH2 に関してmulti
ple alignment を実行した。この multiple alignment の利点は、より alignment の精
度が高くなることと、2次構造のユニットをブロックとして明かにできることである。C -
SH2 のホモロジーモデリングには src - SH2 とN-SH2 をテンプレートとして用いている
。SH2折りたたみ構造 (SH2 フォールド)は2本のa ヘリックスにはさまれた3本のb ストラ
ンドからなる逆平行シートから構成されており、リン酸化ペプチドはbシートを横切って
SH2 ドメインに結合しており、この pY を認識する相互作用はよく保存されている。C-SH
2もアミノ酸配列の類似性やモデル研究から典型的な SH2 フォールドをしていると考えら
れる。こうしてモデリングされた C-SH2 の主鎖のズレに関して、 rmsd は 1.3 から 1.7
Å程度であった。
次に、モデリングした C-SH2 は、リガンドの特異性を反映しているかどうかを検討し
ている。N-SH2またはC-SH2と、PDGFβ 受容体由来のリン酸化ペプチド pY+1 および pY+3 位の残基との相互作用において、両 SH2 ともβストランド E の 4位 (βE4)が Phe 残基であり、 pY+3 の Met と疎水性相互作用していて、この部位の特異性に寄与していると予測される。またβD5 部位のアミノ酸の変異 (N-SH2 は Ile、C-SH2 は Cys) に起因して、 pY740 部位と pY751 部位との相互作用に差が出ていると考えられる。すなわち、N-SH2 の Ile 残基の分枝が pY740 部位の pY+1 のMet との間に立体障害があるため、N-SH2 は pY740 部位には低親和性であるのに対して、この部位が Cys である C-SH2 はどちらにも強く親和性があるという実験事実と一致し、C-SH2 のモデルの正当性がうかがえる。
p85 の2つの SH2 ドメインのコンプレックスのモデリング
N-SH2 は pY751 部位と、 C-SH2 は pY740 部位と side by side の tandem に結合し
ていると仮定して、コンプレックスのモデリングを実行している。そして tandem SH2 ド
メインをデータベース検索すると、 inter SH2 の残基数が10〜20、60〜70と200近い3種
類のドメインが得られた。その中で 最近 X 線結晶解析が報告された side by side の Z
AP-70 と比較して、得られたコンプレックスモデルの正当性を確認している。[ 実験医学
, 13, 23 (1995) の表1と図2を参照 ]
最後に、得られたコンプレックスのモデルをもとにpYペプチドの活性化のメカニズムに
関する仮説を提唱している。 2 リン酸チロシンペプチドは 1リン酸チロシンペプチドに
比べて、より効果的に PI3-K を活性し、p85 ではかなり濃い濃度 (10 mM から 100 mM)
でそれらの結合が見られたとの報告がある。またその活性化において PI3-K のオリゴマ
ー化には変化はないことからメカニズムとして、 inter SH2 領域のコンフォメーション
の変化を考えることができる。すなわち p85 では 160 残基以上の長さの inter SH2 が
、2リン酸チロシンペプチドと SH2 が side by side に結合出来るように構造を変化させ
て活性を発現するというメカニズムを提唱している。ただし、この説にはさらに検討を加
える必要はあるとの事だった。
講演者プロファイル
CKレセプターファミリー
各種の生理活性物質や細胞接着分子などの外界の信号は、リセプターを通して細胞内の 情報に変換され、核内に伝達され、特定の遺伝子の活性化とDNA複製の開始を誘導する。 細胞応答はレセプターとそれに接続するシグナル伝達系によって規定される。増殖因子レ セプターは細胞外のリガンド結合部位と細胞内のチロシンキナーゼ部位が単一の膜貫通領 域で連結された直列構造よりなる。CKレセプターはリガンド結合分子とそれに接続するア ダプター分子などの複合体から形成され、その多様な組み合わせによりCKの多機能性が説 明される。多くのCKレセプターは細胞内にチロシンキナーゼ領域を持たないが、特徴的な
共通のモチーフを細胞外に持つスーパーファミリーを形成する。このファミリーにはIL-2
, -3, -4, -5, -6, -7, -9, -11,-12, 13, 15, GM-CSF, EPO, G-CSF, LIF, CNTF, TPO (M
PLリガンド), reptin等が属する。インターフェロンやTNFはそれぞれ独立のレセプターフ
ァミリーを形成する。IL-8等のケモカインは7回膜貫通型ホルモンレセプター様の構造を
持つ (表1)。
共有レセプター系と細胞内シグナル伝達ネットワーク
またある種のCKレセプタースーパーファミリーは、その構成成分を共有することが明ら
かになった。現在、固有のa鎖と共有されるbg鎖からなるIL-3/GM-CSF/IL-5レセプター系
、gp130を共有するIL-6系、bとg鎖を共有するIL-2/-15系、g鎖を共有するIL-4/-7/-9系が
知られている。共有レセプター系だけではなく、CK間のcross-talkはその情報伝達経路の
色々な段階でも起こりうる。こうした現象はCKに限らず細胞内情報伝達系の一般的な性質
である。すなわち細胞膜から核にいたる情報伝達系は1)リガンド、レセプター、アダプタ
ー、キナーゼ、転写因子等から構成される。2) 情報伝達系の各レベルの成分は類似した
複数の因子から構成される(multigene family)。3) 各レベルの複数の因子間の組み合わ
せにより多数の情報経路が構成される(redundancy)。4) 各レベルの複数の因子は互いに
成分を共有することにより相互に影響しあう(cross-talk)。多くのCKや増殖因子レセプタ
ーはRas, Raf, MAPK経路やcyclin-CDK経路などを活性化し、c-fosや c-myc 遺伝子などの
初期応答遺伝子の発現や細胞増殖を誘導する (図3)。
蛋白質工学と情報伝達系の操作
情報伝達系の操作は、代謝制御や遺伝情報操作につづく生化学の新たな課題である。し
かしシグナルカスケードは有機化学構造や鋳型情報とは異なる原理により規定されている
。アロステリーなど分子内の複数の部位での結合を通して化学的に無関係な物質を相互に
結び付けるというタンパク質の能力が情報伝達系のネットワークの基礎にある。では受容
体やシグナル伝達因子を人工的に改変したりデザインすることができるのであろうか。現
代生化学はタンパク質の立体構造とその認識能力に関する諸原理を発見し、改変するとい
う人工酵素のデザインにつながる課題に直面している。これはリガンドや受容体をはじめ
シグナル伝達因子を基盤にした創薬という点でも新たな可能性を提起する。量産された第
一世代のCKはすでに血液、免疫疾患や癌の治療あるいは骨髄移植に用いられている。可溶
性レセプターやレセプターに対する抗体はagonist, antagonistあるいは inhibitorとし
て用いられる。これらのタンパク質産物はすべて細胞外から細胞膜の受容体レベルで作用
するがその安定性や作用の選択性、delivery等改良すべき点が多い。より安定で選択的作
用をもつ変異型CKや変異型受容体など第二世代の産物やペプチドやRNAをはじめ低分子化
合物の開発を通して細胞内シグナル伝達系を操作する技術を開発することは重要な課題で
ある。
CKシグナルの制御と創薬研究
標的細胞への特異性が低いことや複数のシグナル経路を活性化するなどの CKの多機能
性は、CKの臨床応用にあたって障害となる。CKやレセプターをより選択的な分子に改変し
、選択性を制御することも試みられている。またレセプター共有システムを操作し、特定
の CKのみを選択的に制御することも考えられる。IL-5に選択的な阻害剤を開発するには
、a鎖を操作することによりIL-3, GM-CSF系との識別が可能となる。IL-4レセプターの操
作では、IL-2, IL-15, IL-7, IL-9に依存する反応との識別は可能であるが、IL-13との識
別は困難である。またIL-4の多彩な反応の一部を選択的に制御することは出来ない。こう
したリガンドやレセプター細胞外領域の操作とともに、レセプターのシグナル伝達経路の
活性化あるいは抑制によりCK作用をより選択的に制御することが考えられる。たとえば複
製、分化、生存、死に関与するレセプター分子の細胞内領域、あるいはそれに連結するシ
グナル伝達分子の改変が課題となる。c-myc, cyclin-CDK, Shc-Ras-MAPK-AP1などの細胞
内の共通経路とともに、よりCK特異的な JAKとSTATを操作することも考えられる。
CKと細胞工学技術
増殖因子とCKは各系列の幹細胞の研究とその医学への応用にあらたな可能性を開いた。
CKを用いて胚幹細胞、各種血液細胞やT、B細胞等いろいろな系列の細胞をin vitroで大量
に培養することにより細胞移植への道が開かれた。種々の系列の幹細胞をex vivoで培養
し、それを個体にもどし分化させ、種々の細胞機能を付与することも期待される。こうし
た細胞移植の方法は骨髄移植だけでなく神経や筋肉細胞など他の系列の細胞でも発展する
であろう。また血液多能性幹細胞をはじめいろいろな細胞系列の幹細胞の培養と遺伝子導
入法を開発することにより細胞移植にもとずく遺伝子治療への道が開かれる。遺伝子治療
では遺伝子の染色体への組み込みによる機能の相補と、遺伝子を一過性に導入し新たな表
現型を一時的に付与するアプローチが区別される。前者には染色体への安定な組み込みを
伴うレトロウイルスベクタ−、後者には主としてアデノウイルスベクターが用いられる。
遺伝子治療の方法はCKや受容体など細胞外や細胞表面における反応だけではなく、酵素反
応やシグナル伝達、遺伝子発現制御など細胞内のプロセスを改変操作することにも有効で
ある。遺伝子導入にもとづき細胞内過程を操作するためには一般に2コピーの遺伝子を同
時に不活化しないと表現型として現れない。従ってシグナル伝達系の機能分子を操作し細
胞機能を改変するためには活性型変異 (constitutively active mutation)や優性抑制変
異 (dominant negative mutation)などの優性変異を作成する必要がある。さらにCKのよ
うにシグナル伝達経路が重複する場合、単一の機能喪失型変異の作成では不十分であり、
この困難を克服する新たな技術の開発が必要である。こうした各系列の幹細胞あるいは機
能細胞の操作技術の開発は今後の創薬研究にも影響をおよぼすことが予測される。
参考文献
1. Arai, K. et al (1990) Ann. Rev. Biochem. 59, 783-836
2. Miyajima. A. et al (1992) Ann. Rev. Biochem. 10, 295-331
3. Watanabe, S. et al (1996) Current Opinion in Biotechnology 6, 587-596
執筆者プロファイル
CBI研究会会長 細矢治夫 (お茶の水女子大学)
編集委員長 高橋征三 (日本女子大学)
編集委員 平山令明 (東海大学)
中田吉郎 (群馬大学)
磯野克己 (神戸大学)
上林正巳 (通産省工業技術院)
古谷利夫 ((株)ヘリックス研究所)
多田幸雄 (大鵬薬品工業(株))
神沼二真 (国立衛生試験所)
発行 CBI 研究会事務局
NEWS担当 小沢陽子・太田玉恵
〒141 東京都品川区北品川 5-3-20 第二エーエスビル3階
Tel:03-5421-3598 Fax:03-5421-7085
E-mail:cbistaff@cbi. or. jp
広告等に関するお問い合わせは CBI研究会事務局までお願いいたします。